横浜地方裁判所 昭和43年(ヲ)1206号 決定 1968年12月20日
申立人 羽島久作
右代理人弁護士 三浦徹
相手方 小川一彦
主文
横浜地方裁判所執行官岩瀬甲は申立人の申立により神奈川簡易裁判所昭和四二年(ノ)第二二号貸金調停事件の調停調書の執行力ある正本に基き別紙目録記載の有体動産に対する強制執行を実施せよ。
本件異議申立費用は、相手方の負担とする。
理由
申立人は「主文第一項同旨」の裁判を求め、その理由は別紙記載のとおりである。
よって、案ずるに、およそ、執行官は強制執行をするに当り、その目的物が債務者の占有にあるか第三者の占有にあるかの事実について形式上の判断をする職務権限を有し、有体動産の差押に当ってはその外形から自己の認定によりこれをすべきか否かを決することができるのであるが、ここにいう占有とは専ら物の外観的な直接支配の状態を指し時間的継続や主体意思に拘らない所持であって民法上の占有とは聊か趣を異にするものであるから、債務者の居宅に存在する物件でそれが特に同居の家族その他の第三者の占有(排他的支配)に属することが所持の外観自体から明白である場合の外は、これらの者の異議ないし拒絶に拘らず、その債務者の占有にあるものと認めて差押を実施すべく、したがって債務者又はその家族等の第三者の占有に属するか否か疑わしい場合には、目的物件が法定差押禁止物(民訴法第五七〇条)又は裁定差押禁止物(同法第五七〇条ノ二)に該当しない限り、執行債権者の利益のためにこれが差押を実施し、その排除は所有権その他引渡を妨げる実体的権利を主張する第三者異議の訴(同法第五四九条)およびこれに伴う執行停止(同法第五四七条、第五五〇条第二号)の救済方法に委ぬべきであると解するを正当とする。
今、これを本件について観るに、≪証拠省略≫に徴すれば、「神奈川簡易裁判所昭和四二年(ノ)第二二号調停調書の執行力ある正本に基く申立人の申立により横浜地方裁判所執行官岩瀬甲は昭和四三年八月三〇日横浜市鶴見区下末吉町九五〇番地の執行債務者小川一彦住居(この建物は登記簿上同人の亡父小川銀太郎所有名義となっている。)に至り執行債権合計金一一万〇五三五円(内訳貸金残金一一万円、執行費用金五三五円)の任意弁済を催告したるに債務者はこれに応じないので執行債権の弁済に充てるため債務者の住居の内外を調査したが、法律上差押えることの出来ない物件を除き債務者の所有若しくは占有中と認められる財産を発見しなかったので執行不能としたのであるが、その事情は右差押当時右住居には債務者の母小川きよ(亡銀太郎の妻たりし者、世帯主)と債務者(世帯主)および后者の世帯員たる同人の妻小川正江、長女小川優子(昭和三四年六月八日生)、長男小川浩行(昭和三五年八月三一日生)および二女美智子(昭和四三年四月一〇日生)の二世帯が雑居しているのであるが小川正江の言によれば同住居中四畳半の室は同女の夫たる債務者との夫婦寝室であってそこには古い茶箪笥と人形入の人形ケース(別紙目録記載一、二の物件)存在し子供用寝台(同三の物件)に幼児が寝んでいたがこの占有事実に基き差押えるとするも執行費用を償って剰余の見込もなく、又同住居六畳室にはスチール製(大人用)の事務机および回転椅子二組(同四、五の物件)存在し債務者の子供が勉強机として使用していることを認めたが、右事務机および回転椅子等は小川きよの亡夫(債務者の父)銀太郎が保険代理業を営むで居った時使用していたものを現在同人の孫に使用させている旨小川きよから聞いたことから、債務者の単独占有と認められぬとして結局本件執行を不能にしたのであり、なお、本件住居における前世帯主亡小川銀太郎(債務者の父)は昭和四〇年一二月一五日死亡しその后同人の妻小川きよが世帯主となったが、銀太郎生前中の昭和三九年九月二〇日当時東京都江戸川区小岩町五丁目二六〇番地に居住していて事業に失敗し無一物となった債務者がその家族と共に本件住居に来て同居すると同時に独立の世帯主となった。」事実が認められる。
しかして、右事実に依れば、債務者夫婦の専用寝室に存する前記古い茶箪笥、人形入人形ケースおよび子供用寝台は明らかに債務者の独立占有(事実上の直接支配)に属するものであるから執行官としては当然これを差押うべき権義あるべく(民訴法第五六六条)、これらの物件の新旧度合は詳らかではないが少くとも社会常識上その売得金を以て執行費用五三五円を償って剰余なきものとは考えられず(近時執行官の差押物件の評価額が不当に低廉であることは当裁判所に顕著な事実であって、これが執行債権者及び執行債務者のいずれに対しても不利益をもたらす虞のあることは早急に検討されねばならない問題である。)、この点についての執行官の無益差押(同法第五六四条第三項)の判断は不当であり、又前記六畳室所在のスチール製(大人用)の事務机および回転椅子二組は孰れもこれを債務者の未成年の子女が現実に専用している以上、それが祖母きよと債務者の共有に属するか又はその両者の単独所有に属するか或いはその使用関係の法律上の性質が何であるかは別論として、債務者の単独占有にあるものと認めるのが至当であって、この点についての当該執行官の前記判定(同法第五六七条)は、冒頭説示するところに照し、誤認たるを免れない。なお、本件執行は、その実情にかんがみ、当該執行官の債務者一家に対する惻隠の情に出でたるものではないかと窺われるが、だからといって右判断を左右することはできない。
されば本件強制執行はその方法について違法があることに帰するから、本件異議申立は理由ありとしてこれを認容し、民事訴訟法第五百四十四条第一項前段、第八十九条に則り、主文のとおり決定する。
(裁判官 若尾元)
<以下省略>